大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和62年(ヨ)419号 決定 1988年3月22日

債権者

国鉄労働組合近畿地方本部兵庫支部鷹取分会

右代表者執行委員長

杢本知行

右代理人弁護士

西村文茂

麻田光広

森川憲二

関通孝

小牧英夫

羽柴修

債務者

西日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

角田達郎

右代理人弁護士

天野実

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債務者は、本案判決確定にいたるまで、債権者に所属する組合員が、休憩時間中、債務者の鷹取工場内の休憩所において、債権者が発行するビラその他の印刷物の配布を行うことに対し、ビラを取りあげたり、懲戒処分をほのめかす等して配布行為を妨害したり、右配布行為者に対し、配布行為を行ったことを理由に懲戒及び不利益取扱いをしてはならない。

2  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

債権者は、債務者の鷹取工場に勤務する社員により組織される労働組合であって、もと国鉄労働組合大阪地方本部鷹取支部と称していたが、国鉄労働組合西日本本部の規約改定により、府県単位に支部を置き事業場及び地域毎に分会を置くと定められたため、昭和六二年七月二三日、鷹取支部は解散し、国鉄労働組合近畿地方本部兵庫支部鷹取分会として結成されたものであること、債務者の就業規則は、会社の許可を得ることなく、社員が会社施設内で演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布等をなすこと及び勤務時間中又は会社施設内で組合活動をすることを禁止していること(二二条一項、二三条)、債権者は従来は会社の正門、北門、南門においてビラ等の印刷物を出勤してくる社員に配布していたが、債務者の申入れによりこれを自粛し、その後は休憩時間に詰所(債権者主張の休憩所)や更衣所において配布していること、右ビラには債権者の発行する組合機関紙のほか上部団体が発行する印刷物も含まれていること、またビラの中には債務者の管理職を中傷するような内容の物もあること、ビラは詰所において組合員に手渡されているが、時には詰所内の机の上に積まれていることもあること、債権者は本件仮処分を申請するまでは、連日のように数種類のビラを配布していたこと、鷹取工場の始業時間は午前八時三〇分、終業時間は午後五時八分であって、その間に一二時から四五分間の昼休みのほか、午後二時四五分から一五分間の休憩時間があること、鷹取工場内には三二か所の詰所があり、そこは作業所と壁で仕切られており、数個の椅子と机が置かれ、休憩時に社員が昼食をとったり、雑談等に使用するほか、職場の会議や打合わせ、作業終了時の出務票の交付や指示、連絡を伝えるなどいわゆる点呼場所としても使用されていること、債権者においては、これまで債務者に対しビラ配布の許可を申請したことは一度もないこと。

二  企業に雇用されている労働者は、労働協約等特別の合意がない限り、会社の所有し管理する物的施設を、雇用契約の趣旨に従って労務提供をするために必要な範囲において、定められた企業秩序に服する態様において利用が許されているにすぎないから、企業秩序維持の要請に基づく規律による制約を免れず、休憩時間といえども時間を自由に利用することを認められたに過ぎないのであって、その自由な利用が企業施設内で行われる場合には、同様に企業秩序維持の面からの制約を受けるというべきであるから、労働者が企業施設を演説、集会、ビラ配布等に利用する場合には、休憩時間中であっても、利用の態様如何によっては使用者の施設の管理を妨げる虞れがあり、他の社員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいては企業の運営に支障を及ぼし、企業秩序が乱される虞れがあるから、使用者がその就業規則で労働者において企業施設をビラ配布等に利用するときは事前に使用者の許可を得なければならない旨の規定を置くことは、休憩時間の自由利用に対する合理的な制約であると解すべきであり(最高裁判所昭和五二年一二月一三日判決、同昭和五四年一〇月三〇日判決参照)、従って、前記就業規則の規定が有効であることはいうまでもない。このことは、そのビラ配布等が債権者の組合活動として行われるものであること、債権者が債務者の企業内組合であることを考慮に入れても、同様である。

以上の見地に立って本件をみるに、本件仮処分申請は、休憩時間中、前記詰所における組合活動としてのビラ配布の妨害禁止及びこれを理由とする懲戒や不利益取扱いの禁止を求めるものであって、限られた局面においてではあっても、右のような就業規則の適用を一般的、抽象的に排除することに帰するから、このような結果を仮処分によって実現することは許されないというべきである。

三  もっとも、右に述べた趣旨からして、債権者による無許可のビラ配布がすべて就業規則違反になる訳ではなく、形式的には就業規則に違反しても、職場内の企業秩序を乱す虞れがない特別の事情があるために右規則違反になるとはいえない場合もあるであろうが、そのような場合に該当するか否かは、問題となった事案毎に、ビラ配布の目的、ビラの内容、配布数、配布時間、配布方法等諸般の事情を考慮して個々的に判断されるというべきであって、休憩時間中、詰所における組合活動としてのビラ配布すべてが職場内の企業秩序を乱す虞れがないと断ずることはできない。のみならず、前記認定の鷹取工場内の詰所の使用目的、使用状況、債権者がこれまでなしたビラ配布の方法、ビラの内容、頻度等に徴すると、債権者の意図するビラ配布が債務者の事業の運営に支障を及ぼさず、企業秩序を乱す虞れが全くないということもできない。

四  してみると、債権者の本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がないことに帰し、保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 林泰民 裁判官 將積良子 裁判官 植野聡)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例